二章 六話:大學生活(四節:両立) ※本編

 竜宝(りゅうほう)元年十二月中旬サヤは相変わらず忙しい政務と學業に勤しむ、そんなある日の午後サヤは學友達と昼食後喫茶サロンで次の時間までの一時を過ごしていた。

「今日もやっと半日終わりましたねぇ」
「あと半日残っているぞ」
「そうですけど、あと半日頑張れば今日はノルマは終了しますよ陛下」
「まぁ確かになぁ」

  ラナ・ホランが近くで紅茶を飲んでいるサヤの声を聞き嬉しそうにしている。
予科生であるサヤ達や大學院生のジョシュ・ブロアは、昼食時間や休み時間などにはいつも學食や喫茶サロンが溜まり場のようになっていて集まっていた。

「そう言えばあの客員教授はどうしたんだ?」
「ヌアダに帰ったと伺っていますよ」
「帰ったのか?」
「一週間ほどの滞在だと言っていましたよ」

  お茶を飲みながら話していると、大學院生のジョシュ・ブロアが顔を覗かせた。

「うちの學部で講義した翌日には帰ったらしいぜ」
「先輩!」
「今来たんですか?」
「まさか、午前中はみっちり講義だよ」

  手には教科書を入れたバックを持って笑って後輩達を眺めているジョシュ・ブロアは、少し顔見せをしただけだと言いながらコーヒーを飲みに来たのだ。

「先輩って確か二年生でしたよね?」
「そうだが」
「じゃ今度飛び級って言うのは何年に行くんです?」
「四年に行くつもりだ」
「四年生って言ったら実習期間じゃ無いんですか?」
「そうだなぁ、でもまぁ何とかなるだろうよ」

  あっさり言う相手にデオ・コーリンとラナ・ホランが呆れているのに対し、サヤは苦笑している、彼が既に官吏でも国官をしているのを知っている學生はサヤとディルだけである。
他の二人は大學院を卒業し再び別の學部に再入學をしたと言うことは、国試に受からなかったからなのだろうかと思っていたのだ。

「それよりもうすぐ冬季休暇だけどデオとラナはどうするんだ?」
「私は実家に戻ります」
「お前の実家って何処?」
「ラーグ郷です」
「遠いんだね」
「でぇデオは?」
「ぼくはグリアナンの地」
「何だ私と同じか」

  ここでサヤがデオの実家が同じグリアナンと聞いて驚いていた、だが彼等三人にしてみれば、いくら別宅であるからといえ年末年始くらいは昇瑛宮(しょうえいきゅう)に戻るだろうと思っていたのだ。

「えっ、戻らないよ」
「どうしてですか!」
「仕事上面倒」
「……面倒、なのですか?」
「あぁ行ったり来たり面倒なんだ、だからまだグリアナンにいる」

  サヤとしては長年グリアナンで朝議を開き政務をしてきたのだ、今更昇瑛宮(しょうえいきゅう)に移動なんて費用がかかる上に、移動で朝議を止めることなど出来ないのだ。
それこそ官吏達が本気で行く気にならない限り無理な話だった。

「でも昇瑛宮(しょうえいきゅう)なら大學に近いじゃありませんか」
「そうだなぁ、でもまぁ今は良いよ、それよりそろそろ次の講義が始まるぞ」

  一同はサヤの一言で講義のことを思い出しそそくさと立ち上がってサロンを出た、そしてジョシュ・ブロアが小声でサヤを呼び、小さなメモを渡すと一礼をして遠ざかっていった。


 大學講義が終わったサヤは俊瑛(しゅんえい)に騎乗し一路グリアナン宮へ向かった。
そして直ぐに地下司令部にはいると、ユパの部屋に向かう。

「主上、お帰りなさいませ」
「悪いな仕事中に」
「いえ、それより何かございましたか?」
「ある官吏からこれを預かった、直ぐに調べさせろ」

  サヤがユパに見せたのはジョシュ・ブロアから渡されたメモだった。
そこには不正アクセスの結果大學及び大學院の年明けに予定されている試験問題が流出し、一部學生に高値で取引されているという内容である。
また、その犯人である學生の名前も記されていた。

「これは、いったいどういう事ですか?」
「信憑性はある」
「確信がお有りですか?」
「今回だけではないんだ、以前學内試験問題が高値で取引されているという噂が流れていた、当然これは學生達の間だけで教授達が知っているかどうかは知らないがな」
「では教育省長官に問い糾し、學生を捕まえる必要がありますね」
「いや、ここに書かれている學生を直ぐに捕まえても証拠がないと言われたらそれまでだ、だから學長達には別途試験問題を作成させろ、そしてもしそれまでも流出したとしたら、流出ルートを監視していればその手口が解り捕まえられるだろう」
「わかりました、でぇこれを主上に渡したある官吏とは誰です?」
「それは内緒、あぁそうだその情報私やある官吏からだとは言うなよ」
「何故です」
「私やその情報を持ってきたのが官吏からだと言えば、誰かが私に告げ口したと言うことになるだろう、そうなると連中尻尾を隠してしまう可能性がある」

  サヤは苦笑して嘯くと、自分の執務室へと向かった、ユパはそんな主の後ろ姿を見て目を細めた。
大學に官吏がいるとなれば、地官の職を持てる大學院生や學部長、もしくは大學の學長くらいであろうと直ぐにわかる。
ユパは深い溜息を付いて教育省長官ロア・フィンを呼び出した。


 ユパの部屋を出て自分の執務室にはいると、サヤはゲッソリとした表情をしていた。
書類の山が机に積み上げられていた、これを今日中にするのかと思いながらも椅子に座り、手早く処理し始めた。

 仕事を始めて何時間経ったのだろう、途中夕食だと声を掛けてきたリア・ファナル大尉に食堂には行けないから持ってきて貰い、殆ど休憩せずに食べたら直ぐ仕事を再開させていた。
途中ユパが書類を受け取りに来たり、リア・ファナル大尉もカナ・ルーダン中尉も大丈夫かと心配しながら様子を見て、お茶を持って行ったり、書類の整理をしたりと忙しく働いていた。

 二十三時頃、再びユパがそんなに多くはない書類の束を持ってやって来た。

「……まだあるのか?」
「いえ、これは急ぎませんが、お目を通していただけると助かります」
「そうか、じゃこの一枚で終わりだな、全部持って行ってくれ」

  サヤはユパに出来上がった書類の束を手渡し、机の上を片付け始めていた。
そしてユパが急ぎではないと言った書類を持ってグリアナン宮へと戻っていったのだ。
だがサヤはそのまま再び執務室に入り、持ってきた書類を片隅に置くと、今度は引き出しから別の書類の束と、本棚からいくつかの書籍を引っ張り出して机に置いた。

「陛下、お帰りになって直ぐに何をなさいます?」
「大學のレポートだよ、明日が提出期限なんだ」
「明日、まさかこの間からされていたのは……」
「そう、合間を縫って調べ物をしていたんだが、まとめる時間が無くてね、今日は徹夜になるから」
「徹夜!」
「うん、だから夜食だけお願いする、その後はもう寝て良いぞ」
「ご無理だけはなさいますな」
「大丈夫だよ、今日頑張れば後は何もない」

  ミヤマは心配そうな顔で、わかりましたと言いながら暖炉に薪をくべて部屋を後にした、サヤはそれには目もくれず、さっさとレポートを仕上げようと既に課題に取り組んでいた。
一科目なら問題はなかったのだが、三科目全てが同じ提出期限ではやってられないと思う半面、サヤの性格だと必ずやり通してしまう。
予科二年生は明日全員グロッキーだろうなぁとなにげに思うと、サヤとて人ごとではなかった。

 その後一時間ほどした時、ミヤマが夜食を持ってきた、暖かいポットに紅茶を沢山入れて、サヤが直ぐにでも飲めるようにと用意をした。
サヤは彼女に礼を言い、朝まで誰も入るなと言い残しミヤマには就寝を促していた。
ミヤマがサヤの部屋を出てきた所で司令部から戻ってきたユパと鉢合わせになった。

「ミヤマ、どうしたのだ?」
「ユパ様お帰りなさいませ、陛下が執務室におられるのでお夜食をお持ちした所でございます」
「お休みではないのか?」
「はい、何でも大學のレポートが三科目もあるとかで、その全ての提出期限が明日だと仰ったのです」
「明日?」
「それで今日は徹夜になるから、明日起床時間までは誰も入るなと仰っています」
「確か数日前もレポートがあるからと夜中まで起きておいでだった」
「合間を縫って資料集めやらはしていたそうですが、まとめる時間がなかったそうです」

  ユパはミヤマに寝るように言うと、少しソーマを高めて執務室の中を見た、だが直ぐにサヤに気付かれてしまい、邪魔するなと怒られたのだ。
仕方なくユパは自室に入って休むことにした。


 翌朝四時ようやく課題のレポートが全て完了し、サヤはそれを忘れないようにと直ぐ鞄に入れた、そして一息つこうとミヤマの用意したポットから紅茶を入れて飲みながら、しばし湯気の流れる行く先を眺めていた。
そして机に置いてあった、ユパから貰っていた急がない書類の束を手に取ると、直ぐに出来そうだと思って、再び机に向かった。
 三十分ほどで内容を吟味し許可するか修正を促すかなどの付箋とコメントを貼り付けて、それを持ってソファに再び座って、大學に行くまでの少しの時間身体を楽にさせようと足を上げた。
それが悪かったのか、サヤはうつらうつらと眠気が襲ってきて、空のカップはそのまま床に落ちてしまった。

 午前六時、ユパが一階に下りてくると、何やらミヤマが急いで執務室に走っていくのを見つけ追いかけた。

「ミヤマ?」
「ユパ様、申しわけございません早くお起こししなくてはと思っていたのですが……」

  赤い眼とクマを作りながらユパを見上げているミヤマは、どうやら心配で眠ることが出来なかったようだ。

「それより早く主上を!」

  ユパの言葉にミヤマは急いで執務室の部屋に飛び込んだ、もちろんユパも一緒である。
だがサヤはソファの上で眠ってしまっていた。

「陛下! 起きてくださいませ」
「んっ……」
「陛下、遅刻にございますよ」
「なにっ!」

  サヤはミヤマの声で飛び起き、今何時だと訊ね時間を聞くと朝食はいらないから直ぐに出られるようにしておけと頼み、自分は部屋で軽くシャワーを浴び目覚めを促すと言った。
ミヤマは急いで、厨房に戻り途中かもしくは大學で食べられるようにと軽く朝食を作らせた、それを持ってすぐ玄関に戻ってきていた、執事のラル・フィンはサヤの騎獣を準備していた。

 シャワーを浴びて着替えを済ませたサヤは一度執務室に入ってレポートを確認し鞄を持って部屋を飛び出そうとした、そして振り向いてユパに言った。

「悪い、それ眠気があったからちゃんと出来ているかわからないけど、とりあえずやっておいた、間違いがあったら帰ってきてから教えてくれ」
「はい、それよりお急ぎを」

  ユパの言葉にサヤは遅刻だと言いながら、王宮を飛び出していった。
飛び出した主を見送り、ユパは手にした書類を眺めていた。

「全く、無茶をなさる」

  手元にある書類は全て今日渡す分の仕事だったのだ、それをあの主は全部やってしまった。
ユパは苦笑するしかなかった。

次回に続く……

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2008年7月 5日 (土)

二章 六話:大學生活(三節:サヤの學友達) ※本編

 大學で今日の講義が終了しサヤとディルはいつも通り王宮へ戻っていった、學友達それを見送った。

「私たちも帰ろうか」
「そうですね」
「じゃ私もこれで」
「あぁじゃまたねフェルダ君」

  大學二年生のラナや大學院生のジョシュ・ブロア達と別れた大學一年生のヌアダ組リオ・フェルダは寮の方に向かって歩いていった。
当然彼等も寮生ではあるが、どうもジョシュ・ブロアなどはこのまま帰る気にはなれなかった。

「ブロア先輩どうかしたんですか?」
「別に……」
「それよりねぇ、昼間なんか陛下と三人で何か隠してません?」

  ラナ・ホランの言葉を聞いた男二人は顔を見合わせて溜息を付いた。
内容的に學内で話すのはマズイのである。

「ちょっと街に降りるか?」
「そうですね」
「何よ!」
「ここじゃマズイんだ」

  男二人が声を合わせて言う言葉に、ラナ・ホランが唖然とした表情で彼等と共にアンスールの街に降りた。
門限までにはまだ時間がある為、夕食を食べながら話そうと言うことになった。

「でぇいったい何?」
「コイツ今日の公用語の講義に来ていなかったんだ」
「うそっ!」
「でもちゃんと出席扱いはされたよ、ぼくの実験が上手く行った」
「実験だったのかお前?」
「そうです、でもこれは學内だから上手く行ったのかもしれないし……、たぶんもう二度とは使えないですね」
「どうして」
「ねぇ何の話しをしているのよ!」

  ここでデオ・コーリンが事の真相を話した、彼は學部の部屋から講義に参加していたのだ、ハッキリ言って不正アクセスである。

「呆れたぁ、そんな事をしていたの? バレたら停學じゃない!」
「あぁだから一度だけだって言ったんだよ」
「どうして?」
「だって陛下にバレたんだもん、陛下に嘘は通じないしあまり知られていないけど、陛下も情報通信には精通しているんだよ」
「マジっ……」
「はい、ぼくがアクセスしながら講義を受けている間、陛下の個人通信が廻ってきたんです、ホント驚いたの何のって教授にバレたかと思って冷や汗もんだったんです」
「全く、そんな事しなくても許可があれば遠距離通信で講義を受けることが出来るじゃない、どうしてそんな事をするのよ」
「ダメだって、許可が下りるのは正当なる理由があって国外にいるってのが条件だろう、国内にいる場合はどんなことがあっても殆ど許可されない」

  男達の説明にラナ・ホランは呆れた顔で二人を眺めていた。

「それよりラナ、お前あの後輩ってやつと仲が良いのか?」
「別に仲が良いって訳じゃないです」
「本当なのラナ?」
「何よ、まだ恋人だとか思っていわけ、違うって言ったじゃないですか!」
「いやぁそう言う意味じゃなくてだな」
「じゃどういう意味なんですか!」
「……そうだよなぁ~相手がヌアダ組じゃぁなぁ」
「あのね、ヌアダ組、ヌアダ組って言うけど、全員がそうと決まった訳じゃないでしょ!」

  少々機嫌を損ねたラナ・ホランに対して男二人はタジタジになりながらも、まだ相手を信用できそうにないのだ。

「まぁ確かに全員が悪い訳じゃないけどな」
「そう怒らないでよラナ、でも気になるのは当然だよ」
「そりゃそうだけど、でも彼は違うわよ……たぶん」

  彼等もサヤの婚礼の儀の夜に賊が侵入した事件は、かなりの衝撃で国内に流れたのだ。
二人が無事だったことで安堵はしたものの、賊がヌアダ出身である事実は隠せなかった。
だから神経質になるなと言う方が無理である。



學友達が夕食を食べている頃、サヤは司令部執務室で仕事をしていた。
相変わらずの多さに辟易しながらも、放置も出来ない事柄が多く頭を抱えるばかりであった。

「はぁ~」
「どうなされました陛下」
「……何でもないよ、それより何か飲み物くれない?」
「お飲み物よりも、お食事になさいませ」
「あぁもうそんな時間?」
「はい」
「じゃ、悪いけどこっちに持ってきて貰えない?」
「ここでお召し上がりになるのですか?」
「王宮やら食堂やらに行っている時間がもったいない」
「しかし、部屋から少しお出になるのも気分転換になりますよ」
「もう少し仕事が少なければそうするよ、悪いけどお願い」
「畏まりました」

  地下司令部執務室付きの軍官吏はリア・ファナル大尉とカナ・ルーダン中尉である。
彼女たち二人はサヤの執務室で雑用を担当、サヤが気分良く仕事が出来るように整えるのが仕事の一つだった。

 暫くすると、カナ・ルーダン中尉が食堂より一つのトレイを持ってきた、サヤは軍にいるときは他の一般兵と同じ食事をする。
もちろん一般兵と同じように食堂で食べる事もある、彼女は兵達と会話を交わし彼等思いを知ろうとするのだ。
これは子供の頃からわからない行動で、ウリシュク要塞やグリア組の者達にとってはいつものこととして日常化している。
その為ヌアダからの出向組にとってはとんでも無い行動として映っている。

「ありがとう」
「いえ、食堂にいた兵士から言葉を頂いています」
「何か言っていたか?」
「無理はなさらないようにとの事です、皆陛下の御身を案じているのですよ」
「そうか、じゃ今度は元気だって事を見せなければな」

  気軽に声を掛けるこの新王に、ヌアダ組以外の朝議に集まる官吏達よりや軍関係者の方がサヤと親しげに話すのである。
官吏達は王に自分たちの存在を知って貰いたいと思う者が多いことをサヤは知っている。
だから分別はあっても彼等にとって遠い存在などではなかったのだ。

「そうだ、カナはヌアダ育ちだったっけ?」
「ぁあはい、あの、私をお疑いですか?」
「そう思う?」

  サヤは食事を始めようとして、ふと思ったことを言っただけだった、それがカナ・ルーダン中尉を戸惑わせ、リア・ファナル大尉を心配させたのだ。

「陛下ルーダン中尉は疑われるようなことはしておりません!」
「いやぁ別に疑っている訳じゃないよ、二人ともよく仕事をしてくれるし凄く助かっているんだ」
「では何故その様な事を……」
「うん、ちょっとなぁ、今日大學で客員教授ってのが来ていたんだ」
「客員教授?」
「そう、ヌアダでは有名な人らしいけど、フォン・クロウ教授って知っている?」
「クロウ教授! こちらに来られているのですか?」
「あぁ今日特別講義だった、前日まで名前は伏せられていたから私も今日大學に行って知ったんだけど、疆王(きょうおう)時代の丞相レオ・セガルの側近にして補佐をしてたそうだな」
「あぁはい、その様に聞いております、私は政治學部にはいませんでしたので講義は受けた事はございませんが……お名前はヌアダにいる者で知らない人はいません」

  サヤの言葉はさすがに驚いたのかカナ・ルーダン中尉はかなり動揺している、それを見た同僚のリア・ファナル大尉は少し気になっていた。

「それで陛下、その講義はどのようなものだったのですか?」
「う~んそうだなぁ、ありふれた話しって感じかな、特にこれと言った特別なことではないように思う、専門は星間政治だと言っていたし官吏であった時は丞相の補佐をして外交問題にも助言をしていたと言っていたかな」
「そうですか」

  リア・ファナル大尉がサヤに質問をしそれに応えている間、カナ・ルーダン中尉はずっと黙ったまま困惑顔をしていた。
サヤはそんな彼女を注意深く観察しながら食事をしている。



 夜二十一時サヤは司令部での仕事を終えてグリアナン宮に戻ってきたが、自室には入らずそのまま執務室に入っていった。

「陛下お仕事が残っておいでなのですか?」
「いや仕事じゃないよ、大學のレポートが残っているんだ」
「まぁ、それではお夜食をお作りいたします」
「ありがとう」

  サヤは笑顔でそう言いながら、課題の資料を書棚から何冊も引っ張り出しては机に置くという作業をしている。
三十分ほどした頃だろうか、ミヤマが夜食を持参した。

「あぁありがとう」
「少し甘い物もお持ちしました」
「うん助かるよ、頭がすっきりするからね」
「すっきりし過ぎて眠れないなんて事にならないでくださいね」
「大丈夫だろう、これだけの資料を読んでいたら糖分が全部使い切ってしまうよ」
「まぁ、では私は下がりますがくれぐれもご無理はなさいませんように」
「わかっている」

  サヤはミヤマの心遣いに感謝しながら、課題の資料を読み始めていた。
この所忙しすぎて大學の課題に手を付けられなかったのだ。
それから数時間が過ぎ日付が変わる頃、サヤは今日はこの辺で終えようと考え自室に戻っていった。

「陛下終わったのですか?」
「ミヤマ、起きていたのか?」
「日付が変わればご様子を見に行こうと思っていた所です」
「それは悪いことをしたなぁ、今日はもう寝るよ」
「お休みの準備は整えてございます」
「うん、ありがとう」

  サヤの部屋で待っていたミヤマは、サヤがいつ戻ってきて眠れる様にと部屋と寝床を暖め就寝の準備を整えていたのだ。
 それから更に数時間が経ち日付が変わり夜中の二時頃、ユパは突然目を覚ました、自分の結界を突破されたのを感じたのだ。

「誰だこんな時間に……、私の結界を抜けるとは」

  ユパは怪訝な表情でベッドから出るとソーマを少し高め何かに気付いた、そして服を一枚はおり部屋を出ると気配のする方に歩いていく。

「主上の部屋……」

  ユパはそっと部屋を開け中にはいると、ソファには不寝番の侍女がうつらうつらとしていた、だがユパはそれには目も向けず気配のする寝室の方に意識を向けドアを開けた。

『来たか……』
「……玲公」

  サヤの傍で高彬は霊体のままここに来ていた、そしてベッドですやすや眠るサヤの髪を梳いているのだ。

「どうしてここに?」
『どうもな、サヤが無理をしている』
「無理を?」
『政務が最近忙しいのだろう? あまり眠れていないようだ』
「確かに即位してから仕事量が増えたのは事実ですが……」

  高彬は優しい表情を見せながら、眠るサヤにソーマを注いでその疲れを癒やしている。
その彼の霊体は澄んで綺麗なソーマを見せて輝いていた、嘗てのまだサヤと共に寄り添っていた時の様に、決して裏切った時の濁ったソーマではなかった。

『……サヤは来年飛び級試験を受けるつもりでいる』
「またですか?」
『言っただろう、軍大學に行くつもりだと、だから早く総合大學を卒業する気でいる、その為に多く単位を取ろうとしているんだ』
「全く、無茶をなさる」

  高彬の言葉を聞きユパは深い溜息を付いて、主の寝顔を見ていた。
安心しきっているような寝顔である、普段ならどんなに気配を絶っていても直ぐに気付いて目を覚ますお方が、全くその気配すら見せないで熟睡しているのだ。

『……ユパ、サヤは大學で良い友人と出会ったようだ』
「友人ですか?」
『そう、サヤを支え国を支えるために力を貸してくれる友人、宇宙(そら)にいる友人とはまた別の……』

  高彬はそう言うと、そっと静かにサヤの傍を離れてベッドの紗の帷を降ろした。
そして寝室を出るとユパと対峙した。

『サヤの周りにいる者達は元を正せばサーラ皇妃(こうひ)とサイファ皇子(こうし)皇子の臣下達、だいぶ彼女を認める者が増えたとはいえ、まだまだ安心は出来ないし……若い者も必要だ』
「若者……」
『サヤを頼んだぞ』

  高彬はそう言い残すと霊体は光り輝きながら消えていった、ユパはそれを見送り思い出した、玲公であるあの人物にはユパ如きの結界では歯が立たないのだ。

次回に続く……

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2008年7月 2日 (水)

二章 六話:大學生活(二節:大學にいるヌアダ組) ※本編

サヤは大學で必修講義となっている宇宙公用語の教室で、先輩になるジョシュ・ブロアという人物と話しをしていた。

「それに疆王(きょうおう)時代の元官吏がまだ現役とは思いませんでした」
「現役と言っても政治に関わっているわけではないだろう」
「本当にそうですかね?」

  サヤは彼の言葉を聞いて眼を細めた、確かに同意見ではあるが果たして本当なのか些か気になる所である。
二人が話している所に、女學生が一人の男子學生を連れてサヤ達の傍にやってきた。

「おはようございます陛下、ブロア先輩、どうして先輩がここにいらっしゃるんです?」
「退屈凌ぎで来たんだ、それより恋人でも連れてきたかラナ」
「恋人じゃ無いです、相変わらず嫌な言い方をするのね!」
「おはよう、そちらは?」
「あぁ紹介します、彼は一年生でリオ・フェルダです、ヌアダ要塞から高等科の時に両親と一緒にこちらに来たそうです」
「初めましてリオ・フェルダと言います陛下」

  綺麗なオレンジ色の髪と瞳を持つ、わりと美人な女性ラナ・ホランに紹介された男は、グレーに近い髪と瞳を持つ男だった。
ヌアダから来たと聞いたサヤとジョシュ・ブロウは眼を細めて相手を見た。

「初めましてフェリシアだ、こちらは大學院生のジョシュ・ブロア先輩と言う」
「初めましてジョシュ・ブロア先輩、でも大學院生がどうしてこちらに?」
「あぁ初めまして、今日は退屈凌ぎだが俺は時々こっちに遊びに来ているんだ、でぇ両親はまだこっちにいるのか?」
「いえ両親は既に任期を終えてヌアダに戻っています、私はそのまま残ってこちらに大學に入學しました」
「へぇ珍しいな、普通ヌアダの連中はここに留まらずに戻るヤツが多いのに、あんたは向こうに戻るつもりはなかったのか?」
「私は向こうで生まれ育って高等科の時にグリアに来ました、クラスの者達は殆どがヌアダに戻っていますが、私はここに残ることを決めたんです、ディル皇子も同じようにグリアに残っておられますし」
「ふ~ん」

  彼は胡散臭いと睨んでいる、この所サヤの周りにヌアダ組が近づいているような気配を感じていたのだ。

「ところでブロア先輩や陛下はヌアダから来た客員教授の講義をお聞きになっているんですよね?」
「そりゃまぁな、どうせ後で大學院でも同じ講義をするんだろうけど、こっちで聴くって言ったら単位やるって教授が言ったんで先に聴いたんだ」
「受けないと単位を落とす」
「そうですよね、今回は予科と社会科学と大學院の総合政策學部は必修講義でしたね」
「ヌアダでは有名な方ですし……」
「有名ねぇ~」

  四人が話しをしていると講義開始の鐘がなり、彼等は近くの空いた席に座った。
サヤは小さな溜息を付きながらIDカードを差し込んでホログラムスクリーンを出す。
その横でジョシュ・ブロアは本当に退屈凌ぎらしく、ヌアダ組であるリオ・フェルダを見ていた。

暫くするとサヤは周りを見回すようにしている、それに気付いたジョシュ・ブロアがサヤに声を掛けてきた。

「陛下どうなさったのです?」
「デオ・コーリンが見あたらない」
「……そう言えば、今日は合っていませんね」
「この授業は必須だろう、アイツ大丈夫か?」
「……何か仕掛けたな」
「何かって何?」
「アイツ情報通信には長けていますからね、何らかの方法でここにアクセスしている可能性がありますよ」
「そんな事バレるだろう」

  サヤはマイクだけの音を切り、ヒソヒソと話しをしていた。
この授業は会話や同時通訳などという実践的な講義もある、教壇から指名されれば宇宙公用語で受け答えをしなくてはならず、グリア語は一切禁止になっている。

「って事は何処かからアクセスしていると言うのか」
「案外寮からやっていたりして……」
「それはない」
「どうしてですか?」
「今朝學内で会っている」

  サヤの一言でジョシュ・ブロアは眼を細め學内にいるのであればそれは間違いなく理學校舎の何処かの部屋からであると睨んで溜息を付いた。

「放っておきましょう陛下、どのみちバレたらそれまで、バレ無ければ幸いですよ」
「……そうだな」

  理學校舎から何かを仕掛けていることは間違いない、ただそれがバレたら教授陣からこっぴどく叱られるだろうと二人は思った、それで済むならまだマシな方である。


 宇宙公用語の必修講義が無事終了し、サヤはジョシュ・ブロアと共にデオ・コーリンを探そうかと相談していたが、ソーマ業の時間でもあり諦めた。
午前中の講義が終わるとソーマ業をし、それから昼食が始まって午後の講義になる。
その為、大學内には専用のソーマ業をする為の講堂が建てられており、全學科の學生達はそこに集まる。

 いつもなら大學学長が講堂の中心にある台座に立ち、ソーマ業が開始されるのだが、サヤがこの大學に入学して以来、そこには學長の変わりにサヤが立つようになった。
っと言うより殆ど強制的にそうなってしまったと言うのが本当の所だった。

「はぁ」
「どうしたんですか陛下、溜息などおつきになって」
「いや、何でもない」

  ラナ・ホランが近くで訊ねてくるのに対しサヤは誤魔化し講堂の中心に向かった。
王のそんな様子にラナやジョシュ達は怪訝な表情で前を行くサヤを見ていた。
彼等はいつもサヤの立つ台座の近くでソーマ業をしていたのだ。
サヤが壇上に立つと學長の声でソーマ業開始が通達、學生達は全員瞑想の体勢でソーマを高めていった。
 長くまたは短く感じるソーマ業、本来午前十時から十二時の間の一時間と決められている、国民の殆どは十一時からの一時間をソーマ業に当てる者が多く、十時からと決められているのは仕事などの都合で出来ない場合のため、一時間多めに設定されているのだ。

 大學では基本的に十一時からである、サヤが出られる時はかなりの學生がこの講堂に集まる、サヤがいないときは講堂以外でソーマ業をする者もいるのだ。
何故なら、女神と共にソーマ業をする事は彼等にとっても恵みであり、いつも以上にソーマの感覚が研ぎ澄まされるからである。
 一時間のソーマ業を終えると、サヤは静かに目を開け台座より降りた、教授達はその場で叩頭して女神である王に礼を尽くしていた。
サヤが台座を降り講堂を出て行くと生徒達も解散をする、決して王より先に出る者はいない。

 講堂を出たサヤは空を見上げて眼を細めた、ソーマ業の後はいつもシーやエルフ達が彼女に声を掛けて来るからである。
それを彼女は少し笑って受け止めていた、このシーやエルフを見ることが出来るのは何もサヤだけではなくグリア人であれば普通見たり会話をしたり出来る。

「陛下、今日もありがとうございます」
「私は何もしていないぞ、ただソーマ業をしただけだ」
「でも陛下とソーマ業をすると、自分のソーマもいつも以上に澄んでいく感じがするんですもの」
「ホランさんのいう通りです、私も大學に入学してからこんなソーマ業は初めてです」
「ヌアダでもしているんだろう?」
「はい、していました」

  一年生でヌアダ組であるリオ・フェルダが言ったひと言は、サヤとジョシュ・ブロアの神経を少し触った。
だが、ジョシュはその場でそれを追求することはなく昼食はどうするかと全員に尋ねた。

「俺は學食に行くけど」
「右に同じ……」
「じゃ私もそうするわ」
「えっ、陛下も食堂にお行きになるんですか?」
「変か?」
「い、いえ……あ、あの」
「そうかあなたは知らないのよね、陛下やディル皇子はいつも私たちと同じように學食に行くのよ、まぁ時々お弁当をお持ちの時もあるんだけどね」
「お弁当……」
「そうさ手作りの」

  ヌアダ組のリオ・フェルダは唖然としてサヤを見ていた、まさか新王自らお弁当を作ったり、學食で他の学生と共にするなど考えられなかったのだ。
まさか王が庶民と共にいるなど範疇外だった。

「ヌアダでは考えられないのだろうな」
「あぁ~はい、ヌアダでは王家は遠い存在でしたので」
「遠い存在か……」
「あそこは要塞だからグリアほど広くないでしょう?」
「えぇまぁ」

  ウリシュク要塞には高等科時代に行ったことがあり宇宙(そら)を知っているラナ・ホランやジョシュ・ブロアでも、ヌアダまでは遠くて行けない。
だがヌアダ組は要塞であるために、祖国の地でもあるグリアまで来ることになっていた。
だがら、殆どのヌアダ組はグリアでの生活に始めはなじめず戸惑うことが多い。
だが半年もすれば大概一般的なことは慣れてしまい、大地と宇宙(そら)の違いを学んでいくのだ。

「そんな事より、早く食堂に行かないと食べる物がなくなるぞ」
「そうだった、早く行きましょう!」

  サヤの一声で皆が一斉に學食に向かった、当然他の生徒も急いでいる。
學食に着いた彼等はそれぞれ好きな食べ物の食券を購入しそれを持って目的の商品を手にする。
學食は広く沢山のテーブルがあり、學生達は好きな場所で仲間達と食べることが出来る、また夏場や暖かい日などは學内の庭やベンチに座って食べるものもいるが、今は冬で外は雪が降っていることもあり、暖炉や薪ストーブなどで暖を取れる食堂に生徒達は集まってくる。

「空いている席はっと……」
「……あそこが空いているぞ」
「でも人がいますよ」
「あれってデオ・コーリンじゃないか?」
「隣にいるのはディル皇子かな」
「あっ本当だ」

  ジョシュ・ブロアが言った人物達はさっきサヤと二人で話題にしていた人物達である。
デオ・コーリンは成績は良いが少々根暗な所がある、だが情報収集には凄腕の持ち主で空色の髪と瞳を持ち、太ってはいないが一見してオタク系である。

「よぉ~デオ・コーリン、何でお前がここにいるんだ!」
「ジョシュ先輩!」
「さっきの授業出ていなかっただろうデオ」
「陛下……」
「バレてなければ良いけどなぁ」

  サヤとジョシュ・ブロアがデオ・コーリンに対して含みある言葉を言っている間、ラナ・ホランは何の事がわからないと苦情を申し立てていた。
だがここでこれを言うのはマズイと思った三人は何でもないと言いながら、彼女の横に立つ人物を、まだ紹介していないデオ・コーリンに説明した。

「へぇ~ヌアダ組なんだぁ」
「ヌアダ組?」
「おいデオ、ディル皇子の前で!」
「気にするな」

  ジョシュ・ブロアが後輩を諫めていたが、ディル皇子とサヤは苦笑して聞いていた、そしてリオ・フェルダが訝しげにデオ・コーリンの言葉を聞き咎めた、一般にヌアダ組という言い方は太陽(ソル)系艦隊やグリアの大地に昔から住んでいる住人達の隠語である。
つまりグリア組、ヌアダ組というのが双方にとって、ある意味相容れない意味を込めた隠語になっていた。

「あぁいや何でもない、気にしないでくれ」
「それより陛下、来年の進級試験は飛び級をなさるって本当ですか?」
「飛び級?」
「あぁ飛び級の進級試験を受ける」
「どうしてそんなに急ぐんですか?」
「こっちを早く卒業しないと、軍大學にも行くつもりだからなぁ」
「本気で言っているんですか?」
「本気だよ」

  ジョシュ・ブロア以外の全員が呆気にとられていた、まさか高等科から飛び級をして大學に入学してきたと聞いていたら、今度は大學まで飛び級をしようと言っているのだ。
普通そう簡単に飛び級できるほど試験は簡単じゃ無かったはずだと、それぞれが思っているた。

「ブロア先輩、どうして笑っているんですか!」
「えっだって俺も飛び級試験受けるつもりだからさ」
「はぁ?」
「本気なんですか?」
「本気」
「ジョシュは大學院でまた受けるのか?」
「えぇ早く大學院を卒業したいですからね」
「……また物好きなヤツだなぁ」
「物好きなんてものではありませんよ、ただ楽しんでいるだけです」

  ジョシュ・ブロアの発言はサヤですら驚いていた、だがどうやら本人は笑って皆の顔を見ている。

次回に続く……

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2008年6月29日 (日)

二章 六話:大學生活(一節:水面下で蠢くもの) ※本編

 鶉牡(シュンボ)六十四年八月末サヤと高彬の婚礼の儀が執り行われ、次いでほぼ強制的にかつ突然に鶉王(じゅんおう)が譲位をし次王であるサヤが即位した。
その結果同年九月よりグリア年号が変更となり竜宝(りゅうほう)元年となった。

 新王即位に伴いしかも婚礼の儀も滞りなく済み、全ての国民がグリアの将来の安寧を願っている頃、あろう事かその二人の初夜に賊が入り込むという事態が発生。
退位をしたサーラ皇妃(こうひ)は官吏や警備の者達に対して激怒した。
ただこの犯人に関しての詳細は極秘にされたが王室にとっては忌忌しき事態でもある。

「やっぱりヌアダ組だなぁ」
「サーラ皇妃はかなり激怒されたと言っていた」
「そりゃ激怒するだろうよ、何せ犯人はヌアダからの赴任組だ、サーラ皇妃にとっては直々の臣下だろう?」
「直々っていうかぁ?」
「何故だ?」
「だって王家は始めから姫提督を王にするって昔から宣言していたようなもんじゃねぇか、゙エヴィンの女神゙が王家に生まれたって喜んでいたし」
「確かになぁ」

  ここはグリア王国の要塞の一つ、太陽(ソル)系艦隊の第二の本拠地と言っても良い位置にあるウリシュク要塞である。
ここには禁軍が一艦隊残りは五艦隊のウリシュク軍が駐留している、要塞は群扱いで統治者は要塞代理司令官兼要塞事務総監ルワン・パル中将で郡長という立場でもあった。
そんな要塞のブリッジで幹部幕僚達が揃って数ヶ月前の事件について話していた。

「知っているか、噂だが今度はディル皇子(こうし)の結婚を急がせる様な動きが水面下であるって話しだぜ」
「何だそりゃ?」
「ははぁ~ん、そりゃアレだなディル皇子の子供が生まれたら次王候補の権利が発生する、連中今度はその子を王に擁立しようと企んでいるって事か」
「それは無理だな」

  ここで話しの中に入ってきたのは、ずっと沈黙を保っていた要塞代理司令官兼要塞事務総監ルワン・パル中将である。

「パル中将どうしてですか?」
「いくらなんでも人間が女神を差し置いて王になれると思うか?」
「それはわかりませんよ、王を選ぶのはLaguing(ラーグィング)の剣じゃありませんか」
「確かにそうだが陛下は女神だぞ、神剣を操ることくらいお出来になる、それにグリアはこれより女神が統治する、これはグリアの伝承が成就だ」
「パル中将の言うとおりだ、俺たちの姫提督が女神様だからな、姫提督に付いていくだけ、ヌアダ組に惑わされる必要は無いだろう」
「コスター中将の言うとおりだ」

  要塞防御指揮官兼陸戦部隊指揮官ハリー・コスター中将は要塞でも一目置かれる存在である。
幕僚仲間があれこれ話している間、直ぐ傍で宇宙ニュースを見ていた第六艦隊司令官マリオ・カオス中将が声を上げた、その声に近くにいた提督達が何事だと近寄ってくる。

『緊急臨時ニュースをお送り致します。予てよりシェーラント星系での内戦は○●年△月☆日二十三時五十分をもちましてヴィアザ星の制定により停戦致しました。繰り返します~』

「おい、これってどういう事だ?」
「どういうって、ヴィアザっていやぁ、ウィンじゃねぇのか?」
「しかし突然停戦っておかしくないか?」
「あぁ」
「コスター中将、直ちにグリアに連絡を」
「了解しました」

  ルワン・パル中将がハリー・コスター中将に対して緊急連絡をするように命じ、他の者達はニュースに聞き入っている、コスター中将はグリアに連絡をすると同時に部下に対してもっと正しい情報を集めるように命じた。

 要塞のこの状況は既にサヤは知っていた、その為瞑想の間に移動したサヤは、ユパを側に置き表情を険しくしながらも台座の上に立った、そして直ぐに瞑想の型を取る。
サヤは眼を閉じ胸の前で指先のみを合わせて揃え何か唱えている。
サヤの気が満ちてきてそれに合わせるようにユパの気も満ちる、サヤはソーマを巡らし意識を飛ばし霊体をも飛ばす。

 サヤの行き着く霊体は惑星リーアだ。
リーア女王ディアナがサヤのソーマに気づき跪く。
その姿は透き通るようなグリーンの瞳に金髪に近いヘイゼル色の長い髪を見事に結い上げている。

『ディシール……』
「主上……ご無沙汰致しております」
『それよりも何があった』
「ヴィアザ星のウィンがシェーラント星系を統一しました。全てのシェーラントに住む者を力で、幾人もの血が流れました、私はソレを見ているだけしか出来ませんでした」
『リーアの者を外に出せばもっと血が流れた、お前はソレを止めたでは無いか』
「……主上」
『それでいい、お前が苦しむ必要はない』
「主上……」
『まだ持ちこたえられるか、恐らくウィンはまだ諦めてはいない、リーアを制して真の統一と思っている。リーアさえ手に入れれば、奴らはグリアナンクラーナにもどんな敵にも勝てる、自分は全宇宙を支配できると思っている』
「まだ大丈夫でございます、せめてミーシャが成長するまでは、持ちこたえて見せます!」
『ディシール……無理はするな、必ず私に知らせよ』
「はい」

  記憶を取り戻した主に会えた歓びから、ディアナは気丈にもそう言っていた、サヤはそんな彼女を見つめながら、手の中に光球を作りそれをディシールに飛ばす。

『ディシール、もしヤツが此処に攻めて来たとき、持ちこたえられそうに無ければ、ソレを使え』
「主上有り難うございます」

  そう言ってサヤの霊体は消え、惑星地球(テラ)へと戻っていった。グリアナン宮の瞑想の間ではサヤの気は終息している。

「お戻りになられましたか……」
「フゥ……」
「如何でございましたか?」
「グリアに何かすると言う事は、今の所なさそうだな。だが、リーアがいつまで持ちこたえられるか」
「大丈夫でしょう、あの者なら……」
「ああ、そう願いたい」
「それにリーアと我らが繋がっている等とヴィアザが思いますまい」
「だが警戒は必要だ」
「はい」

  二人の話が一段落した頃、司令部の部下からウリシュクよりシェーラントの内戦が終了したとの緊急連絡が届いていた。
その後サヤは大學へユパは部下達と共に司令部に赴き、要塞へ今後の様子を見るようにと指示をした。

 竜宝(りゅうほう)元年十二月、地球(テラ)にあって北緯に位置するグリア島ではあるが結界で守られ外から島が見えないぶん、そこが明確な春夏秋冬のある国、島である事など誰一人知らない。

 だが新王即位後、グリア島に関してサヤは人の目に映るようにと結界を少し弱めろとユパに命じた。
その結果画像としてグリア島全体が世間に晒されたが、その詳細は全く今までと変わらず衛星ですら捉えることが出来ない。
 また目に見えるからとて他国人がその島に足を踏み入れられることは無く、上空や海底から侵入を試みようとする者達は悉く結界に阻まれ前に進めなかったり、幻覚に襲われたり強風や波にさらされグリアナン諸島より遙か遠くに流されることとなった。
つまり今までと何ら変わらず死者こそ少ないと言うだけだった。


 初めて世間にその姿をさらしたグリア島は、今真冬の季節に入り雪と氷の季節になっていた。

 サヤは相変わらず忙しい政務と学業の両立に休む暇もない日々を過ごしていた。
そんなある日大學で特別授業が合ったのだが、サヤ達予科生と本科生社会科学専攻の者達は必修授業、その他の本科生は自由参加で公開授業となった。

「これは陛下、おはようございます」
「おはよう、今日は多いな」
「はいヌアダより客員教授が今日の講師でございます」
「ヌアダから?」
「はい、何でも疆王(きょうおう)時代の丞相の補佐をされていて、ヌアダ大學院の星間政治の専門家だとの事です」
「名前は何て言うんだ?」
「えっと、確かフォン・クロウ教授ですね」

  サヤは同じ学科の生徒の説明を聞いて思い出した、確か疆王(きょうおう)はサーラ皇妃の父親である、サヤにとっては曾祖父にあたるのだ。
またこの王は仮選定と即位期間を両方入れて三十年ほどの在位で、退位十年前は殆ど国民を虐げ、更に悪政を強行し他国への報復も熾烈であった。
その為ラーグィングの剣が、彼を裁き王の座から引きづり降ろし剣に裁かれた二人目の王である。

「それで今日は他の学科の生徒も自由参加で公開授業になっているんです」
「なるほど、それでいつもよりも多いわけか」

  サヤは納得したように言うと、空いた席を見つけて座りIDカードを机の認証口に差し込んだ。

 初等科以上の學校にある机は、それ自体が通信システムとなっており、机の右端にはIDカードを差し込む場所がある、そこにIDカードを入れることにより出欠が取られ、机の上部からホログラムスクリーンがせり上がる。
 また、大學ともなれば人数が桁違いに多いため、机に添え付けられているマイクロフォン付きヘッドフォンで講義を受けるようになっていた。

「疆王(きょうおう)時代の官吏か……」

  講義が始まる鐘がなりいつもの教授と共に入ってきたのは、気瘁(きすい)が始まっているのか白髪交りの老人である、だがその姿は精悍であった。
 始めに彼の紹介から始まりこれまでの功績の説明がなされた、教授は少々自慢げに話している、また生徒達もいつも以上に興味があるのかまじめに聞き入っていた。

 疆王(きょうおう)時代の丞相はレオ・セガルである、その側近である補佐をしていたと言い、王が斃れた後は大學や大學院の教壇に立っていると説明された。
彼の功績はレオ・セガル丞相の仕事を如何に上手くやり、数多の星間政治の重要な役割をお担って来たといった。
サヤにとってこの講義は退屈以外の何物でもなかった、もう少し実りのある話しかと思っていたのだが、どちらかと言うと彼自身の実績自慢話が八割残り二割は失敗談である。
 だいたい疆王(きょうおう)は即位期間が短く、神剣に王位を剥奪されるという汚名の持ち主である。
その王の補佐をするはずの丞相が、剥奪されるような事態を避けるように進言するのが仕事の筈だ、なのにそれが出来なかったのかしなかったのか、またその補佐が今回の客員教授フォン・クロウが自慢げに話すのは滑稽である。

 それから暫く後授業が終了し生徒達はフォン・クロウの近くで質問やサインを貰うために席を立つ者達が多かった。
サヤはそれを余所に教材を片付け教室を出て行った。

「學長、あれはもしや?」
「あぁ、そうです陛下です」
「講義を聴いていらっしゃったのか?」
「予科生と本科生の社会科学は必修講義ですので」
「そうですか」

  教室から出口に向かって歩くサヤの姿を眼に捉え、フォン・クロウは講義要請を頼んできた學長に訊ねていた。
まさか自分の講義に新王が受講しているとは思っていなかったのだ。

 教室を出たサヤは次の宇宙公用語の必修講義を受講するため移動する。
正直サヤはこの授業も今更だとは思っているのだが、業界用語も含めた授業のため必須で単位を落とすわけにもいかないのだ。

 サヤは部屋に入り座る席を探していると、見知った顔がありそこに近づいていく。

「どうやらこの授業は空いているようだな」
「これは陛下、お早いお越しですね授業開始までもう少しありますよ」
「まぁな、しかし必修講義がこう少ないと教授達も嘆くかな?」
「まさか、その反撃は試験で対応するでしょうよ、それより陛下もさっきの講義聞いていたんですよね」
「必修じゃなければボイコットしていたな」
「おやっ」
「それよりどうしてお前がここにいるんだ?」
「退屈凌ぎですよ」
「退屈凌ぎで、退屈な講義を聴くのか?」

  サヤが苦笑しながら座った席の横にいたのは、二十一歳で総合大學を卒業後大學院で経済学部を卒業した後、更に総合政策学部に再入学した強者である。
また経済学部を卒業したのは飛び級をして二十五歳、その為二十六で総合政策学部編入学のさい免除科目が増えた。
 彼は時々大學に来てサヤ達と共にいることが多いのだが、その理由が大學の社会科学の経済・経営学科の教授から手伝えと言われる事がある為だった。
更に彼は成績優秀の為、財務省国税局に所属し国官の仕事をしながら授業料を稼いでいる。上官がいい人で大學院に通うことを快く許して貰えた。
ただ、彼が国官として官吏の仕事をしていることはサヤとユパ、そしてディル皇子以外誰も知らないことだった。

「あのヌアダの客員教授、どうも嫌な感じですね」
「……どうしてそう思う?」
「そうですねぇ、どうしてこの時期にヌアダから来たのか、それが少し気になります」
「このグリアにも赴任組が多くいるぞ」
「えぇ確かにそうですが……」

  このジョシュ・ブロアという人物はサヤと十歳の年の差があるが、明るい茶色の髪と瞳をもつ好青年であり、陰謀や謀略といった事には鼻が利く人物なのだ。

次回に続く……

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2008年6月28日 (土)

二章 五話:譲位と即位(三節:床入りと賊) ※本編

 婚礼の儀に突然譲位をした祖母鶉王(じゅんおう)に喰ってかかり大喧嘩をしたサヤは、最終的にユパの仲裁により収まらない怒りを持ったまま自室に引きこもった。
女官達はサヤの脱ぎ捨てた衣装や銀釵などの装飾品を拾いながら溜息を付いていた。

「サーラ様のバカぁ~~!」
「……陛下……」
「誰が陛下だってぇ~!」
「ですからフェシリア皇女(こうじょ)が陛下におなりになったのですから……」

  さっきまで王であった祖母に対して悪態を吐く皇女をラミ・シェリア女官次長達が諫めようとしていたのだが、サヤは自身が陛下などと呼ばれ、無理矢理王にされて苛立ち、怒りをところ構わずぶつけていた。
女官達は怒れる彼女に為す術が無く途方に暮れていた時、ようやく高彬がやって来たのだ。

「殿下ぁ~」
「その様子じゃどうやら怒りは収まっていないようだね」
「収まるどころか増すばかりでございます」
「やれやれ、やはりユパだけでは無理があったようだ、いいよ後は私が引き受けたからラミ・シェリア達は下がりなさい」
「はい、では失礼いたします」

  女官達を下がらせて、高彬は苦笑しながら臥室(しんしつ)に籠もっているサヤに声を掛けた、直ぐさま反応があり、クッションや枕が帷の隙間から飛んできた。

「そんなに怒らなくても良いだろう」
「人ごとだと思って勝手な事を言うな!」
「前にも言ったぞ、お前一人じゃないと」

  高彬はサヤに応えながら用意されていた服に着替えていた、そんな彼の前にサヤが憮然とした顔をして帷の向こうから姿を見せた。

「全くお前はぁ~、既に決まっていた事、それが早まっただけだろう」
「……人の都合というものを考えてくれても良いだろう!」
「その都合を考えていたら、時遅しと言うこともある、サーラ皇妃(こうひ)はそれを考えての対処だったんだ、お前も既にわかっているだろうに」

  確かに高彬の言うとおりサヤはわかっていた、ヌアダ組の動向には次王公式発表の時から警戒をしていたのだ、それがサヤの婚礼の儀が近づくにつれて水面下で暗躍しているのもサヤは気付いていた。

「今後どう動くかはわからないんだ、だがお前が王となった事で連中の動きも多少変化するだろう、サーラ皇妃もフィー皇子(こうし)も警戒を強めるはずだ」
「……お前何で知っていたんだ?」
「お前が気付いているのに俺が知らないと思ったのか? それにディル皇子から伝えられた」
「ディルから?」
「あぁ」

  高彬はサヤの手を引きながらソファに座り、彼女には紅茶を自分にはコーヒーを入れて飲んでいた。

「グリアナン宮でお前が仕事をしている間にディル皇子から話しがあると言われた、それで結界を張って話を聞いたんだ」
「何か言っていたのか?」
「グリアの連中の事をな、つまりお前を次王と認めない者達がいると言っていた、そして今回幾人かがフィー皇子達に来ていたと」
「こちらに赴任しているグリア組もあまりこちらの言うことは聞かないからなぁ、要塞を含めミト達が困っていた」
「お前が始末したあの男、赴任していた者達だろう?」
「あぁ赴任組で今回こっちに来た連中と水面下で繋がっている、まぁ証拠は出ないだろうけどな」

  サヤが憮然とした表情で言った為、高彬は苦笑して彼女の肩を自分の所へ引き寄せた。
サヤを守るのは自分だという気持ちを込めてサヤを抱き寄せた、そして相手が人ならばどうにでもなる、相手がそれ以外ならどんなことが合っても彼女を守るとサヤの心に訴えていた。
それをサヤも知り目を閉じて高彬に寄り添う、今度こそは共にあり続けるのだと二人は強く思ったのだ。

 その後夕食と湯殿を終えてからサヤの部屋で再び゙ラーグィングの剣゙を取り出して手にした時、何かを考える様子を見せた、高彬は飲み物を持って彼女の横に座り、どうしたのかと問うていた。

「う~ん……どうもなぁ」
「何だ何か気になることでもあるのか?」
「この剣……元々は私がユパに与えた物だ」
「……どういう事だ?」

  サヤは鞘から剣を抜き、高彬に持たせてソーマを感じてみろと言った、言われたとおりにした高彬も驚きの表情で彼女を見返している。

「……これはどういう事だ、神剣だというのは知っていたが何故ここにある?」
「昔浮遊石(ふゆうせき)が行方不明になった事が合ったのを覚えているか?」
「あぁ」
「あの時暫くしてからユパが私の所へ相談に来たんだ、あの石を持ち帰ることが出来ないが、何とかしたいと、だから剣を一振り頂けないかとな、それで私はこの剣を与えたんだ……まさかこんな事に使われていたとは」
「じゃ剣は本来の作り手に戻ったと事か?」
「そう言うことになるかな」

  二人ばラーグィングの剣゙を見つめて溜息を付いていた、お互い過去の事を思い出していたのだ、何かの切っ掛けにより浮遊石(ふゆうせき)が異界に墜ちた、それを探索するようにと、当時のサヤがユパに命じたのだった。
命じられた方は神魔(しんま)達を使って隈無く探していた、だが探索は困難を極めかなりの時間を要したのだった、サヤが剣をユパに預けて暫く経った頃、詳細が主にもたらされたのだ、それが異界に落ち島ほどもある大きさになっていて戻すことも困難だと解ったのだ、それから人が住むようになった為、彼らにそれを預けることとしたとあった。
当時サヤは仕方ないと全てをユパに任せたのだった。この件は当時の高彬にも報告はされていた。

「ところで高彬」
「何だ?」
「お前何処で寝るんだ?」
「……俺はここに通されたんだが」
「それって、まさか……」

  サヤは今まで高彬と床を共にしたことはない、ハッキリ言って二人ともまだ未成年である、日本でも同じ部屋であっても襖を隔てて布団も別だった、当然グリアナン宮でも部屋は隣同士で共に寝ることは無かったのだ、それなのに今日は共にいる。
サヤは唖然としてこの状況を理解しようと努めるだが、高彬があっさりと言ってのけた。

「サーラ皇妃から言われたのだが、明日から三日間二人だけで昇瑛宮(しょうえいきゅう)にて過ごすようにとの事だった」
「はぁ?」
「その間王家と母さん達はグリアナン宮で過ごしていると仰っていた、明日午前中にグリアナン宮入りするらしい」
「……何でそうなる」
「俺が高校を卒業するまでグリア入り出来ずお前と一緒にいられないから、三日間だけ共にいて新婚を味わえと仰っていたなぁ」

  サヤはサーラ皇妃の伝言を口にする高彬に対して呆気にとられ、直ぐに睨み付けるように彼に苦情を申し立てる。

「高彬……」
「何だ?」
「お前はそれで良いのか」
「何故?」
「何故って……、日本の法律では許されていないんじゃないのか、お前はまだ十八になっていないし!」
「グリアの法律で言えば、お前も許される立場ではないな、だがグリアの場合基本十八だが、義務教育が終わっていて親の許可があれば婚姻は成立する、お前は義務教育を既に終えている、サーラ皇妃と他の王家からも了承を頂いての婚礼だった、どこも問題はない」
「私の事を言っているのではない、お前の事を言っているんだ!」
「家の両親は既に許可済みだし、俺はグリア人としての待遇を受けてきた、少々例外ではあるが義務教育も後半年で終わる、第一王であったサーラ皇妃がお決めになったのだ誰も文句は言えまい」

  もっともらしく言う高彬にサヤは唖然として開いた口がふさがらない、いくら混浴が主流であるグリア人といえど、夫婦ではない異性との床入りは簡単に歓迎などしない。
それはサヤとて同じである、ただサヤの場合既に婚姻を済ませ、婚礼の儀と共に入籍手続きも済ませ名実共に正式な夫婦となっているのだ、床入りに関しても差し障りは一切無い。

「さて、寝るぞ」
「寝るって……」

  臥室(しんしつ)の出入り口には一枚の帷があり、通常この一枚は開けられている、そしてその奥に一歩入れば高く段差になっていて二枚目の帷があり、中は四畳ほどもある牀榻(ねどこ)だった。
高彬はサヤの反応に対して面白そうに苦笑し、部屋の明かりを消すと彼女の手を引きながら二枚の帷の向こうにある臥室(しんしつ)へと入っていく。

「ほらサヤ」
「……お前」
「それとも俺と一緒に寝るのは嫌なのか?」
「そっ、そういうわけじゃ……ない」

  サヤは正直言って恥ずかしかったのだ、人として生きて人の男女の関係も知らないわけではない、その相手が喩え自分の前世での相手であっても人としての感情は消すことが出来ないのだ。
そんな彼女の感情は当然高彬には筒抜けである、そしてまた彼の感情も筒抜けになっている、それ故にサヤは落ち着かないのだ。

「サヤ、そこに一晩中突っ立っているつもりか?」
「うわぁ、何をするんだ!」
「お前がいつまでたっても……、そこにいるからだ!」

  高彬は笑いながら言いサヤを抱き上げて牀榻(ねどこ)に入り帷を降ろした、サヤの抵抗も虚しくやはり男である高彬の力は強い。

「お前なぁ~」
「言ったはずだ、もうお前を離しはしないと」
「……玲宝(れいほう)」

  高彬は力強くそして優しくサヤを見つめ彼女を抱いた。
サヤもまた高彬の暖かい眼差しと体温に総てをゆだねることにした。

 サヤと高彬が初めての床入りをした夜半過ぎ、既に深い眠りについている二人は気持ちよさそうに眠っていた。
だがサヤが突然目を覚まし起きた、サヤが目を覚ましたことで隣で寝ていた高彬も起きてしまった。

「サヤ?」
「シッ……!」

  サヤは掛け物を胸に当てながら気配を殺し辺りを探った、そしてまた高彬もそれに気付き、着物をサヤに掛け自分も羽織る。
サヤは素早く着物を着るとそっと牀榻(ねどこ)から出た、気配は部屋の外からするのだ。

「……外だな」
「中を窺っているなぁ」

  サヤと高彬は既に臥室(しんしつ)の帷の陰に隠れて様子を窺っていた。
暫くすると静かに侵入してきた賊達は忍び足で臥室(しんしつ)に近づいてきた、賊は一枚目の帷を静かにめくり、そこで一呼吸置き一気に帷をめくって剣を突き刺した。

「いない!」
「そんなバカな!」
「そんな筈はない、探せっ!」

  賊達は小さく声を荒げて臥室(しんしつ)から出てきて暗い部屋を見回していた、そしてそこにサヤと高彬の反撃があった。

「いったいここまでどうやって入ってきた?」
「くそっ!」
「止めておけ死ぬだけだぞ」

  サヤと高彬の言葉を無視し、賊は二人に斬りかかってくる、そんな物音と東宮殿の門を警護している不寝番やその奥を警護している者達が全て倒されている事に異変を知った、別の官吏が通報し警護の兵が一斉に駆け込んできた。

「陛下、殿下お怪我はございませんか?」
「ないよ」
「心配いりません」

  それから間も無く騒ぎを聞きつけたサーラとフィディル、そしてユパが駆け付けてきた。

「サヤ、無事か!」
「無事ですよサーラ様」
「高彬殿下は?」
「私も無事ですフィー皇子」
「全くこんな日に賊が侵入するなど、ユパ警備は何をやっておる!」
「万全を期したつもりだったが、少々甘かったようだ」
「そんなに心配しなくても、この程度の賊に殺られるような私ではありません」
「もちろんじゃ! お前を敵にして生きておられるとは普通は思えぬ、じゃが今日は特別な日ぞ、それをこんな騒ぎにしては……」
「……凄い言われようだとは思うんだが、私はそんなに残虐か!」

  サヤとしては聞き捨てならない言葉だと思いながらも高彬に諫められていたが、サーラとしては孫の大事な初夜になんたる失態かと警備の者達に対して怒っていたのだ。

「だから始めから正寝(せいしん)に入っておれば良かったものを……」
「母上の言うとおりだな、フェリシア東宮殿は次王の住まいだお前はもう既に王となっているのだから正寝(せいしん)に入るべきだった」
「あぁもうわかったから、私が悪かったんだ!」
「ラミ・シェリア直ぐに正寝(せいしん)の準備をしや、このままでは二人が穏やかに過ごす事も出来ぬ!」
「畏まりました」

  昇瑛宮(しょうえいきゅう)女官のラミ・シェリアは直ぐに女官達を率いて王の本来の私室である正寝(せいしん)の準備に東宮殿を出て行った。
サヤはまだ自身が王という感覚に慣れず、いつも昇瑛宮(しょうえいきゅう)に来た時に過ごす東宮殿に入っていたのだ、サーラ達は正寝(せいしん)にと言っていたが、サヤはまだ慣れないからという理由で正寝(せいしん)に入らなかった。

次回に続く……

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