二章 六話:大學生活(四節:両立) ※本編
竜宝(りゅうほう)元年十二月中旬サヤは相変わらず忙しい政務と學業に勤しむ、そんなある日の午後サヤは學友達と昼食後喫茶サロンで次の時間までの一時を過ごしていた。
「今日もやっと半日終わりましたねぇ」
「あと半日残っているぞ」
「そうですけど、あと半日頑張れば今日はノルマは終了しますよ陛下」
「まぁ確かになぁ」
ラナ・ホランが近くで紅茶を飲んでいるサヤの声を聞き嬉しそうにしている。
予科生であるサヤ達や大學院生のジョシュ・ブロアは、昼食時間や休み時間などにはいつも學食や喫茶サロンが溜まり場のようになっていて集まっていた。
「そう言えばあの客員教授はどうしたんだ?」
「ヌアダに帰ったと伺っていますよ」
「帰ったのか?」
「一週間ほどの滞在だと言っていましたよ」
お茶を飲みながら話していると、大學院生のジョシュ・ブロアが顔を覗かせた。
「うちの學部で講義した翌日には帰ったらしいぜ」
「先輩!」
「今来たんですか?」
「まさか、午前中はみっちり講義だよ」
手には教科書を入れたバックを持って笑って後輩達を眺めているジョシュ・ブロアは、少し顔見せをしただけだと言いながらコーヒーを飲みに来たのだ。
「先輩って確か二年生でしたよね?」
「そうだが」
「じゃ今度飛び級って言うのは何年に行くんです?」
「四年に行くつもりだ」
「四年生って言ったら実習期間じゃ無いんですか?」
「そうだなぁ、でもまぁ何とかなるだろうよ」
あっさり言う相手にデオ・コーリンとラナ・ホランが呆れているのに対し、サヤは苦笑している、彼が既に官吏でも国官をしているのを知っている學生はサヤとディルだけである。
他の二人は大學院を卒業し再び別の學部に再入學をしたと言うことは、国試に受からなかったからなのだろうかと思っていたのだ。
「それよりもうすぐ冬季休暇だけどデオとラナはどうするんだ?」
「私は実家に戻ります」
「お前の実家って何処?」
「ラーグ郷です」
「遠いんだね」
「でぇデオは?」
「ぼくはグリアナンの地」
「何だ私と同じか」
ここでサヤがデオの実家が同じグリアナンと聞いて驚いていた、だが彼等三人にしてみれば、いくら別宅であるからといえ年末年始くらいは昇瑛宮(しょうえいきゅう)に戻るだろうと思っていたのだ。
「えっ、戻らないよ」
「どうしてですか!」
「仕事上面倒」
「……面倒、なのですか?」
「あぁ行ったり来たり面倒なんだ、だからまだグリアナンにいる」
サヤとしては長年グリアナンで朝議を開き政務をしてきたのだ、今更昇瑛宮(しょうえいきゅう)に移動なんて費用がかかる上に、移動で朝議を止めることなど出来ないのだ。
それこそ官吏達が本気で行く気にならない限り無理な話だった。
「でも昇瑛宮(しょうえいきゅう)なら大學に近いじゃありませんか」
「そうだなぁ、でもまぁ今は良いよ、それよりそろそろ次の講義が始まるぞ」
一同はサヤの一言で講義のことを思い出しそそくさと立ち上がってサロンを出た、そしてジョシュ・ブロアが小声でサヤを呼び、小さなメモを渡すと一礼をして遠ざかっていった。
大學講義が終わったサヤは俊瑛(しゅんえい)に騎乗し一路グリアナン宮へ向かった。
そして直ぐに地下司令部にはいると、ユパの部屋に向かう。
「主上、お帰りなさいませ」
「悪いな仕事中に」
「いえ、それより何かございましたか?」
「ある官吏からこれを預かった、直ぐに調べさせろ」
サヤがユパに見せたのはジョシュ・ブロアから渡されたメモだった。
そこには不正アクセスの結果大學及び大學院の年明けに予定されている試験問題が流出し、一部學生に高値で取引されているという内容である。
また、その犯人である學生の名前も記されていた。
「これは、いったいどういう事ですか?」
「信憑性はある」
「確信がお有りですか?」
「今回だけではないんだ、以前學内試験問題が高値で取引されているという噂が流れていた、当然これは學生達の間だけで教授達が知っているかどうかは知らないがな」
「では教育省長官に問い糾し、學生を捕まえる必要がありますね」
「いや、ここに書かれている學生を直ぐに捕まえても証拠がないと言われたらそれまでだ、だから學長達には別途試験問題を作成させろ、そしてもしそれまでも流出したとしたら、流出ルートを監視していればその手口が解り捕まえられるだろう」
「わかりました、でぇこれを主上に渡したある官吏とは誰です?」
「それは内緒、あぁそうだその情報私やある官吏からだとは言うなよ」
「何故です」
「私やその情報を持ってきたのが官吏からだと言えば、誰かが私に告げ口したと言うことになるだろう、そうなると連中尻尾を隠してしまう可能性がある」
サヤは苦笑して嘯くと、自分の執務室へと向かった、ユパはそんな主の後ろ姿を見て目を細めた。
大學に官吏がいるとなれば、地官の職を持てる大學院生や學部長、もしくは大學の學長くらいであろうと直ぐにわかる。
ユパは深い溜息を付いて教育省長官ロア・フィンを呼び出した。
ユパの部屋を出て自分の執務室にはいると、サヤはゲッソリとした表情をしていた。
書類の山が机に積み上げられていた、これを今日中にするのかと思いながらも椅子に座り、手早く処理し始めた。
仕事を始めて何時間経ったのだろう、途中夕食だと声を掛けてきたリア・ファナル大尉に食堂には行けないから持ってきて貰い、殆ど休憩せずに食べたら直ぐ仕事を再開させていた。
途中ユパが書類を受け取りに来たり、リア・ファナル大尉もカナ・ルーダン中尉も大丈夫かと心配しながら様子を見て、お茶を持って行ったり、書類の整理をしたりと忙しく働いていた。
二十三時頃、再びユパがそんなに多くはない書類の束を持ってやって来た。
「……まだあるのか?」
「いえ、これは急ぎませんが、お目を通していただけると助かります」
「そうか、じゃこの一枚で終わりだな、全部持って行ってくれ」
サヤはユパに出来上がった書類の束を手渡し、机の上を片付け始めていた。
そしてユパが急ぎではないと言った書類を持ってグリアナン宮へと戻っていったのだ。
だがサヤはそのまま再び執務室に入り、持ってきた書類を片隅に置くと、今度は引き出しから別の書類の束と、本棚からいくつかの書籍を引っ張り出して机に置いた。
「陛下、お帰りになって直ぐに何をなさいます?」
「大學のレポートだよ、明日が提出期限なんだ」
「明日、まさかこの間からされていたのは……」
「そう、合間を縫って調べ物をしていたんだが、まとめる時間が無くてね、今日は徹夜になるから」
「徹夜!」
「うん、だから夜食だけお願いする、その後はもう寝て良いぞ」
「ご無理だけはなさいますな」
「大丈夫だよ、今日頑張れば後は何もない」
ミヤマは心配そうな顔で、わかりましたと言いながら暖炉に薪をくべて部屋を後にした、サヤはそれには目もくれず、さっさとレポートを仕上げようと既に課題に取り組んでいた。
一科目なら問題はなかったのだが、三科目全てが同じ提出期限ではやってられないと思う半面、サヤの性格だと必ずやり通してしまう。
予科二年生は明日全員グロッキーだろうなぁとなにげに思うと、サヤとて人ごとではなかった。
その後一時間ほどした時、ミヤマが夜食を持ってきた、暖かいポットに紅茶を沢山入れて、サヤが直ぐにでも飲めるようにと用意をした。
サヤは彼女に礼を言い、朝まで誰も入るなと言い残しミヤマには就寝を促していた。
ミヤマがサヤの部屋を出てきた所で司令部から戻ってきたユパと鉢合わせになった。
「ミヤマ、どうしたのだ?」
「ユパ様お帰りなさいませ、陛下が執務室におられるのでお夜食をお持ちした所でございます」
「お休みではないのか?」
「はい、何でも大學のレポートが三科目もあるとかで、その全ての提出期限が明日だと仰ったのです」
「明日?」
「それで今日は徹夜になるから、明日起床時間までは誰も入るなと仰っています」
「確か数日前もレポートがあるからと夜中まで起きておいでだった」
「合間を縫って資料集めやらはしていたそうですが、まとめる時間がなかったそうです」
ユパはミヤマに寝るように言うと、少しソーマを高めて執務室の中を見た、だが直ぐにサヤに気付かれてしまい、邪魔するなと怒られたのだ。
仕方なくユパは自室に入って休むことにした。
翌朝四時ようやく課題のレポートが全て完了し、サヤはそれを忘れないようにと直ぐ鞄に入れた、そして一息つこうとミヤマの用意したポットから紅茶を入れて飲みながら、しばし湯気の流れる行く先を眺めていた。
そして机に置いてあった、ユパから貰っていた急がない書類の束を手に取ると、直ぐに出来そうだと思って、再び机に向かった。
三十分ほどで内容を吟味し許可するか修正を促すかなどの付箋とコメントを貼り付けて、それを持ってソファに再び座って、大學に行くまでの少しの時間身体を楽にさせようと足を上げた。
それが悪かったのか、サヤはうつらうつらと眠気が襲ってきて、空のカップはそのまま床に落ちてしまった。
午前六時、ユパが一階に下りてくると、何やらミヤマが急いで執務室に走っていくのを見つけ追いかけた。
「ミヤマ?」
「ユパ様、申しわけございません早くお起こししなくてはと思っていたのですが……」
赤い眼とクマを作りながらユパを見上げているミヤマは、どうやら心配で眠ることが出来なかったようだ。
「それより早く主上を!」
ユパの言葉にミヤマは急いで執務室の部屋に飛び込んだ、もちろんユパも一緒である。
だがサヤはソファの上で眠ってしまっていた。
「陛下! 起きてくださいませ」
「んっ……」
「陛下、遅刻にございますよ」
「なにっ!」
サヤはミヤマの声で飛び起き、今何時だと訊ね時間を聞くと朝食はいらないから直ぐに出られるようにしておけと頼み、自分は部屋で軽くシャワーを浴び目覚めを促すと言った。
ミヤマは急いで、厨房に戻り途中かもしくは大學で食べられるようにと軽く朝食を作らせた、それを持ってすぐ玄関に戻ってきていた、執事のラル・フィンはサヤの騎獣を準備していた。
シャワーを浴びて着替えを済ませたサヤは一度執務室に入ってレポートを確認し鞄を持って部屋を飛び出そうとした、そして振り向いてユパに言った。
「悪い、それ眠気があったからちゃんと出来ているかわからないけど、とりあえずやっておいた、間違いがあったら帰ってきてから教えてくれ」
「はい、それよりお急ぎを」
ユパの言葉にサヤは遅刻だと言いながら、王宮を飛び出していった。
飛び出した主を見送り、ユパは手にした書類を眺めていた。
「全く、無茶をなさる」
手元にある書類は全て今日渡す分の仕事だったのだ、それをあの主は全部やってしまった。
ユパは苦笑するしかなかった。

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