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2008年5月17日 (土)

一章 十話:婚約者(四節:特別見学) ※本編

 滞在延長を余儀なくされた昇華学院高等科の生徒達は、見学できなかった美術館に行けることになり、途中学生貸し切りの所にどうやって入館できたのか不思議なフリーカメラマン兼任ジャーナリストの大槻圭介と合流し数時間を過ごしていた。
そして彼等がサヤの肖像画の前であれこれと話しをしている所に、当の本人が現れ高彬と消えていった。
 その消えた二人は、館内地下に密かに作られた麻薬精製工場だった。
軍官吏達が中心になり工場解体を始めている、そして本来の美術品の倉庫として復活させるための工事を始めていた。

「見事だなぁこの施設」
「あぁ見つけたときは驚いた」
「郷長を長期間麻薬漬けにしていたんだ」
「麻薬漬け?」
「あぁ食事に混ぜたり、体調が良くなるからと言って注射をしたりしていたらしい」
「白状したのか?」
「失偽(しつい)になっているドクターがな、またバレリオ・ミネリ中将を監禁して殺していた」
「何っ!」

  サヤは怒りを示すように設備の一部を殴りつけた、それを高彬はいたたまれない気持ちで見つめ彼女の傍に行く。

「司令官を監禁している間、副司令官がよく軍を動かそうとしていたのだが、水面下で郷城官吏からの強制力が強く守ることが出来なかったと詫びていた」
「副司令官はどうしたんだ?」
「乱気(らんき)に陥っている」
「第十艦隊の部隊はもう機能しそうにないんだな」
「あぁ殆どの者達に自責の念が大きいな、乱気(らんき)や失偽(しつい)で命を失う者達が多い……彼等の所為ではないのに……」

  サヤはそう言いながら病院で苦しんでいるグリア兵達の事を思った、既に赤紫斑(せきしはん)や黒紫斑(こくしはん)が出ている者ばかりだったのだ。
乱気(らんき)も失偽(しつい)もグリアの三大病と言われていて、それぞれの紫斑が出始めるともう助からないのだ。
 二人は視察を終えるとそのまま地上に上がり、美術館を出てゆっくり広場に出て行った。
生徒達はそれぞれに自由に過ごし館内見学を終えた数人が、広場に出て美術館の入り口から広場に降りる大階段に座って過ごす者や、中央にある噴水の周りに置かれているベンチに座る者など時間潰しをしていた。
 サヤ達もまた同じように大階段をゆっくりと下りながら噴水の近くまで歩いていた、そして空いている噴水のベンチに座った。

「それよりお前、宇宙(そら)に上がるのか?」
「えっ?」
「宇宙(そら)に上がる予定があるんだろう?」
「知っていたのか」
「当たり前だ」

  高彬はここ一ヶ月近くサヤが気になっていることの一つを言っているのだ、宇宙(そら)に関してはまだ高彬に教えていなかったのにと思いながら、サヤは彼の顔を見ていた。

「長期になるのか?」
「冗談じゃない、なるべく早く終わらせる」
「だったら俺も一緒に行っても良いか?」
「えっ……」

  突然高彬が一緒に行くと言い出し、サヤは呆気にとられてマジマジと高彬の顔を見つめる。

「ダメか?」
「……ダメって事はないけれど、お前学校は?」
「それはお互い様だろう、単位を落とさない程度に何とかする、冬休みに補習などすれば大丈夫だよ」

  当然のように言う彼を見てサヤは呆れたように小さな溜息を付いて了承した、その代わり日本には自分で電話しろと言ったのだ。
 そんな二人の周りでは徐々に集まりだした学生達が遠目に眺めていたり、会話を聞こうとしたりしていたが、高彬達はグリア語で話しているため理解不能に終わったのだ。
 それから暫くすると学生達の集合時間になり、教師達が生徒達を集め出した。
高彬もサヤと共にそん場所に歩いていく。

「そう言えばあのカメラマン、もう約束は果たしたのか?」
「たぶん今日辺りに世間は彼のスクープで話題が集中するだろうな」
「いったい何を約束したんだ?」
「俺の素性」
「はっ?」

  サヤは何を今更言い出すのかと言うような表情で高彬を見上げていた、それを彼は苦笑して見つめゆっくりと集合場所に歩いていく。

「だからお前の婚約者が俺である事を世間に流したんだよ」
「……高彬ぁ~お前そんな事して萩島家にとばっちりがいったらどうするんだ!」
「大丈夫だよ、元々夏休みが終わったらグリアからの公式発表は決まっていた、それが少し早くなるだけだろう、それにうちの両親には今回のグリア行きの前に覚悟をして置いて欲しいと伝えておいたから」
「だからって急にそんなこと、高臣様達が困るだろう!」
「サヤ俺はお前との事を早く公表しておきたいんだ、父さん達にはもう何年も前から覚悟をして貰っているからお前が心配する必要など無い」

  ハッキリと断言するように言った高彬の言葉にサヤは力強さと強い意志を感じて、戸惑いの表情から小さな微笑を見せた。
それを見た高彬にはサヤの安心する気持ちと嬉しさが伝わってきていた。
 そして彼等は学生達が集合している集団より少し横手まで来ると立ち止まり、一見して二人は抱き合っているように見え、生徒達や教師達の目のやり場を失わせていた、だがそうではなくサヤが高彬の耳元で何かを告げていたのだ。
高彬は笑ってサヤの髪を梳きながら頭にキスをし彼女を解放した。
サヤは護衛の者達と共に別の車で移動し、高彬も護衛と共に教師達の所へ向かった。

「大槻さん、こちらに来ていただけますか?」
「えっ……」

  高彬は教師達の所へ向かう途中、美術館から出てきた所の大槻を呼んでいた、そして教師達の集まる所で話し始めた。

「殿下何の様です?」
「今から学生達と一緒に来ていただきます」
「何で?」
「どういう事だ萩島!」
「午後からのスケジュールは決まっていないでしょう?」
「まぁ確かに……」
「途中で昼食をとり、そのまま乾坤門(けんこんもん)へ向かいます」
「はっ?」

  ここで高彬は学生達を乾坤門(けんこんもん)へ連れて行くと言ったのだ、そこは先日町田と共に行った所で大槻もそれに加わっているのである。
また乾坤門(けんこんもん)は観光客に対して開放されてはおらず、立ち入りも禁止されている場所の一つだったのだ。

「殿下、乾坤門(けんこんもん)はこの間のこともありますし、それに観光客には開放されていないでしょう!」
「えぇ解放していませんしこれからも解放するつもりはありません、ですが今回先生達と大槻さんにはご協力いただいたし事ですし、フェリシアから大槻さんにはあれだけの情報だとあまりメリットはないだろうとの言葉がありましたよ」
「うそっ……」
「ですから本日のみ特別に昇華の学生と大槻さんだけを乾坤門(けんこんもん)の中のみですが、見学を許すとの事です、カメラを回しても構いませんよ大槻さん」

  高彬の言葉は大槻にとって人生で二度と撮れるかかどうかわからないラッキー情報の一つである、当然逃すつもりはないのだ。
 一行は高彬のというよりサヤの特別な行為でバスに乗り乾坤門(けんこんもん)へと向かった。



 途中で大きな食堂に入り昼食を済ませた一行は目指す乾坤門(けんこんもん)の近くにバスを止めた。
本来ここに観光客が来ることはないため、新たに配属された乾坤門(けんこんもん)の門番達が胡散臭そうに眺めている。
 そこに高彬が姿を見せた事で彼等は驚き乾坤門(けんこんもん)の一人が出迎え、一人が詰め所に連絡した。

「これは高彬殿下、あのこれは……」
「連絡が来ているはずですが?」

  門番には連絡が来ていなかったのかと高彬が怪訝に思った時、乾坤門(けんこんもん)が開き詰め所に連絡していた門番が走ってきて、直ぐに中にはいるようにと告げてきた。
高彬はそれに頷き、全てのバスを乾坤門(けんこんもん)の中に移動させた。
 バスは門を潜り左側の方にある駐車場に停車し生徒達が降りてきた、高彬の護衛車は逆に右側に停車し教師達の所へ向かった、高彬が乗るはずのバスにはカメラマン兼任ジャーナリストの大槻が乗っていた。

「殿下本当に撮影しても良いんですね」
「乾坤門(けんこんもん)の中のみですからね」
「萩島君ここは本当に門なのか?」
「そうですバスの中で説明は受けているはずですよ」

  確かに受けていた、今回滞在延長になった事と高彬の素性が公になった事でグリア王国のバス会社が彼等の移動を受け持ち運転手もバスガイドもグリア人だったのだ。
彼等から乾坤門(けんこんもん)についての説明を詳しく話されていた。

「萩島、他に注意することがあるならこれで全員に話してくれないか?」
「ありがとうございます和田先生」

  高彬は学年主任でもある国語科の和田からマイクを受け取り、中での注意事項をもう一度確認のつもりで説明した、買い物や写真を撮る事も自由におこなって良いとのことである。
高彬の説明の後、和田が再度集合時間を告げ校長の話の後解散となった。
この説明は大槻もしっかり聞いて、同じように撮影を始めていた。
 乾坤門(けんこんもん)の中はまるで町のような様相で幅が広く左右に長い、両幅にはズラッと並ぶように色んな店が並んでいて買い物が出来る。
また天井が少し高く飾りのようなアーチの天井もあり、それが区域を区切っているような感じだった、更に所々に上に行く階段が見られる。
門闕(もん)の中には電気はなく当然太陽電池パネルなどという物もない、全て蝋燭などの炎で明かりを灯してある。
 そしてグリア人が住むと言われている所に出る門闕(もん)は右側のかなり奥にあった。

「玲公」
「やはりここにいたんだな」
「主上からこちらにいるようにとの事でしたので」
「そうか」

  高彬は乾坤門(けんこんもん)の中を歩きながらユパと話を始め階段を上がっていく、それをめざとく見つけたのは当然高彬のクラスメート達と四人の教師達、それとなくついていく。
二人は付いてきていることは知っていたがグリア語で話している事もあり放置していた。

「玲公も宇宙(そら)に上がられると、主上から連絡がございましたが本当ですか?」
「あぁ一度上がってみたいと思っていたんだ」
「本当に宜しいのですか?」
「経験すべき事だろう、サヤの側にいるのだから……」

  二人は話し始め乾坤門(けんこんもん)の屋上に出た、左側には観光区域、右側には緑豊かなグリア区域、全く景色の違う事に、付いてきた日本人達は歓声を上げていた。
高彬はそれを見て苦笑をし、再びユパと話し始めた。

「グリアに戻ったサヤの様子はどうだ?」
「特に変わった様子はございませんし、思い出すような気配も全く」
「そうか」
「玲公今朝方デマンド達からの報告が寄せられました、封印は解かれてはいないと、ただ……」
「ただ?」
「何かの痕跡が、と言うよりも誰かがそこに行って封印を解こうとした痕跡が合ったとの事です」
「封印を解こうとする痕跡?」
「はい、もしやとは思いますが」
「……可能性はある、その痕跡を誰が残したのか調べれば解るかも知れない、もし目覚めているのであれば……恐らくは」
「……玲公」
「私が直接見れば解るのだが、今は無理だ、デマンド達には負担を掛けるが頼めるか?」
「畏まりました」

  高彬はユパの言葉を聞きながらグリア区域から流れてくる風を受け気持ちよさそうにしていた。
ユパもまた同じようにマナナンの緑の大地を眺めていた。
 そして暫くすると、高彬がマナナンの地にあるソーマを感じつつ呟くように言った。

「……グリアの大地だけでなく、このマナナンの地にある自然を残すこともまたサヤの願いであり希望だ、この乾坤門(けんこんもん)から奥を守ることはグリア人にとって責務だろう」
「はい」
「だがそれがいつまで続くかはわからない」
「玲公……」
「人の心は移ろいやすく、守るべき真実を忘れやすい」

  グリア王国とは、基本的には大海賊だが国内の一般市民は農耕牧畜民族である。
一見して科学が発達していないように見えるグリア区域、それはグリアの自然を守るのと同時にグリアを探ろうとする他国への目くらましでもあった。


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次回予告


「外の世界の者達に、グリアを見せることはあまりしたくない、グリアは古の伝承を守り、グリアの地に住むことを許された人間達の安住の地……人とそうではない者達との共存の場所、マナナン島は外の世界への目くらましであり、接点でもある。 グリアの地を穢す者は、喩えそれがグリア人といえどただでは済まない……、グリアの地に住むことを許されし者はグリアの大地と命の契約を結ぶ者……次回 『一章十一話一節 高彬の怒り』……」


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